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東京高等裁判所 平成9年(ネ)2810号 判決

主文

一  原判決中控訴人敗訴部分(ただし当審における請求の減縮後のもの)を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金七八万円及びこれに対する平成七年九月二八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は第一、二審を通じて三分し、その二を被控訴人、その一を控訴人の負担とする。

四  この判決は右二について仮に執行することができる。

理由

一  請求原因1、2、5については争いがない。

二  請求原因3について

1  一項、二項退職金に相当する金額が控訴人に対し本来支給されるべき本件退職金の算定基礎になることについては争いがない。

2  《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

(一)  本件株主総会は、平成七年六月二九日、株主総数一五名、出席株主一三名(内委任状五名)で開かれ、控訴人及び同時に退職した福留正雄(以下「福留」という。)の取締役退任にあたり両名の在職中の功労に報いるための退職慰労金贈呈の件について、議長である代表取締役根本晉(以下「根本」という。)が議案として上程し、「具体的金額、贈呈の時期、方法等は、当社における一定の基準に従い、相当額の範囲内で取締役会に一任されたい」として審議を求め、全員異議なく承認可決し、本件取締役会は、同日右決議を受けて、全取締役三名(小川、根本、根岸務〔新任〕)によって、福留(勤続六年、九九万円)とともに、本件退職金を、三一九万八〇〇〇円と議決した。そして、被控訴人は、同日、控訴人に対し、「退職慰労金算定について」と題し、退職慰労金は五一四万八〇〇〇円であるが、日本ヒーブ回収不能分の半分を差し引き、現金支給額は三一九万八〇〇〇円であるとし、前示請求原因2に記載のとおりの内訳を記載した退職金支給明細を添付した書面を交付した。

(二)  規定によれば、退職金の支給額の算出は、「退職時の基本給×勤続年数×年功率」(第五条一項、一項退職金)、「退職時に課長並びにその待遇以上の職」の経験者であった場合には、「退職時の基給×課長並びにその待遇以上の職であった在任年数×〇・三(第五条二項(2)、二項退職金)と定めているが、その他役員報酬について明文の規定はない。

(三)  被控訴人は、退職金支給明細を記載するについて一定の書式(以下「本件ひな型」という。)を使用しており、本件ひな型には、1在職期間、2退職時の基本給、3支給額(A)(一項退職金と同一の計算式)、4役職期間<1>係長・課長代理(控訴人の場合は次長就任から取締役就任までの期間を記載)、<2>課長・部長(控訴人の場合は役員在任期間を記載)、5計算金額<1>の分(B)(二項退職金と同一の計算式)、<2>の分(C)(役員加算分と同一の計算式)、6計算支給額合計(D)〔D=A+B+C〕、7加減給額(E)とその理由との項目があり、3と4、6と7の各間が点線で仕切られている。

(四)  被控訴人の取締役に対する退職金の支給事例を見ると、平成二年八月に退職した金沢正雄(在職期間昭和三四年から平成二年、三一年六か月)の場合は、右Aについて年功率を一・二として六九五万五二〇〇円、B(課長・部長就任期間二五年六か月)について一四〇万七六〇〇円、C(役員就任期間一六年六か月)について一三二万円で、Dとして九六八万二八〇〇円、Eとして五〇万円(特別加算金〔会社の創業に参画〕)、合計一〇一八万二八〇〇円と算定され、控訴人と同時期に退社した福留(在職期間平成元年八月から平成七年六月、六年)の場合は、Aについて年功率〇・四、B(部長就任から取締役就任まで六年)について三六万円、C(取締役就任期間五年)について一五万円、Dとして九九万円、 Eはゼロと算定された。控訴人の場合は、請求原因2の(一)ないし(四)のとおりの明細で算定されたものであり、中でもEとして、「日本リーブ回収不能金三九〇万円の1/2を減額」とする理由でマイナス一九五万円と算定された。

3  以上の認定事実によれば、被控訴人においては、役員就任期間の役員加算分については、明文の規定こそないが、本件ひな型において役員就任期間の役員加算分(本件ひな型中の項目C)として、一項(A)、二項(B)退職金と同様に、支給基準について一定の計算式を設定していること、被控訴人における従前の退職慰労金支給事例においても、役員就任期間の役員加算分については、本件ひな型に当てはめて金額を記載していること、控訴人に対しても、本件退職金について、退職慰労金は五一四万八〇〇〇円であるが、取引損害金を差し引いて、現金支給額が三一九万八〇〇〇円となるような趣旨の通知をしており、右は、役員就任期間の加算分七八万円を算定に加えることを前提にした退職慰労金について、支給の段階で、在職中に会社に与えたものと裁量的に認定した損害を差し引いた形で減給後の支給額を算定したものであると認められ、被控訴人においては、役員の退職慰労金について、退職金規定に準拠するほか、役員加算分について、役員手当額に役員就任期間年数を乗じた金額をもって算出すること、役員の功績、責任による退職慰労金の加・減給を相当とするときは、理由を明らかにしてその金額を明示することや本件ひな型記載の形式を利用して明細を示すことが慣例として行われ、不文律の退職金規定となっていたものとみるべきである。そして、商法二六九条は、取締役に対する報酬は、定款にその額を定めないときは株主総会の決議をもってこれを定めるべきものとしていることから、株主総会の決議により、右報酬の金額などの決定を取締役会に任せる場合には、明示的もしくは黙示的に、具体的な金額、支払期日、支払方法等の支給に関する基準を示し、その基準に従って定めるのが本来であって、株主総会が、「金額、支給期日、支払方法を取締役会に一任する」との決議をした場合でも、右決議は、当該会社において退職金規定及び慣例となっている一定の支給基準によって支給すべき趣旨であると解するのが相当である。

4  そこで、被控訴人が本件退職金を算定するに当って減給理由があるかどうかについて判断する。

《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

(一)  被控訴人は、昭和二九年設立の、電子機械、分析測量機器のメーカーで、資本金三〇〇〇万円、取締役三名、小川が代表取締役会長、小川の娘婿の根本が代表取締役社長である。

控訴人は、昭和五四年六月、被控訴人に他社から人材としてスカウトされて入社し、五四年九月次長、五七年四月取締役、六四年一月常務取締役、平成四年四月専務取締役になり、平成七年六月、任意に取締役を退任した。その間、昭和六〇年ころからは被控訴人の分析測量機器部門の責任者として、受注、生産計画、部材の購入先の決定等の一切の権限を有していたが、新しい取引先との契約、多額の見積りなどには社長の決裁が必要であった。

(二)  被控訴人は、平成三年五月ころから、控訴人の提案で、小川の決裁を得て、控訴人の高校、従前勤務していた会社を通じての先輩である沼田弘(以下「沼田」という。)が代表者をしている日本ヒーブとの間で、日本ヒーブが松下電装から受注する機械部品を製作する取引を始めたが、右取引による売上金の回収率が悪化し、約五〇〇万円について、平成四年八月の営業ミーティングの際に小川が回収を指示し、その後、控訴人、小川が沼田と度々接触して支払を催促したりしたが、平成六年二月末現在で約三九〇万円が未回収のままであった。このことについて、小川は、控訴人が主体となって取引をしたのであるから、控訴人が回収すべきものではあるが、控訴人に落ち度があったということではないと判断している。

右認定事実によれば、日本ヒーブに対する売掛金残約三九〇万円の回収ができなかったことは控訴人の責任ないし役員としての怠慢行為であったとはいえず、本件取締役会が本件退職金の支給額の算定に当って減給理由としたのは正当な理由のないものであり、本件株主総会決議は、右の減給理由の認定及び減給額の決定まで本件取締役会の裁量に一任したものとは認められない。

したがって、本件退職金の算定に当って本件取締役会が減給額を計上したのは失当であり、本件退職金の算出に際し、いったん認めた役員就任期間の役員加算分から取引損害金を控除し、結局役員加算をしなかったと同一にした本件取締役会の決議部分は、本件株主総会の決議による委任に基づかないものであって、効力を生じないものというべきである。

三  結論

以上の次第で、本件退職金中役員就任期間の役員加算分の支払を求める控訴人の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由があるから認容するべきである。

よって、原判決中控訴人敗訴部分(ただし当審における請求の減縮後のもの)を取り消し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鬼頭季郎 裁判官 佐藤久夫 裁判官 池田亮一)

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